1 痴漢行為による逮捕と懲戒処分の関係
痴漢によって逮捕されたことが会社に知れた場合、会社から痴漢を理由に解雇を言い渡されることが考えられます。これは懲戒処分としての解雇として行われることになります。懲戒処分とは、企業が事業活動を円滑に遂行するために必要な範囲で、企業秩序を維持するために使用者に認められた処分のことです。そして、懲戒処分が可能な事由と処分の内容については就業規則に記載されている必要があります。
懲戒処分のこのような性質に照らすと、痴漢行為が会社の業務中に行われた場合には懲戒処分に付することに差支えはありませんが、就業時間外の通勤中に行われた、企業施設外での痴漢については、企業秩序維持とは本来関係のない私生活上の非違行為となりますので、そのような私生活上の非違行為について懲戒処分ができるのかを検討しなければなりません。
2 私生活上の非違行為について懲戒ができる場合
企業秩序維持とは無関係に思える私生活上の非違行為であっても、懲戒の対象となりうる場合があります。それは、企業の事業活動の遂行に直接関連する場合や、企業の社会的評価を毀損させる恐れがある場合です。これは、私生活上の行動であっても、それが会社の活動に影響を与えうる場合には、当該従業員を懲戒して企業秩序を回復させる必要があるからです。
3 具体的にどのような場合に会社の名誉が毀損されたといえるか
最高裁判所は日本鋼管事件(最高裁第二小法廷昭和49年3月15日判決)で、在日米軍の基地拡張に反対する活動家による、不法に飛行場への立入事件への加担をした従業員らに対して、そのことを理由に懲戒解雇がされた事案において、「会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても、これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならない」としつつ「従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から総合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない」としています。
したがって、これらの要素を考慮して、事案ごとに判断することになります。しかし、ある程度類型的にどのような懲戒処分が認められるかを検討することが可能です。
例えば、鉄道会社従業員の退勤中の当該会社以外の交通機関内での痴漢の場合、痴漢撲滅の活動を行うべき鉄道会社の従業員が、自社以外の交通機関とはいえ痴漢を働いた場合にはいいがたい側面があるため、これが公表された場合には、会社の社会的評価に重大な影響を与えることになるでしょう。この場合は、懲戒処分を受けることは致し方なく、懲戒解雇もやむを得ないでしょう。
一方で、例えば、飲食業等、会社の活動として痴漢撲滅の運動を積極的にしているような会社ではない場合、このことが直ちに会社の社会的評価に重大な影響を与えるとは考えられません。したがって、懲戒処分そのものを取ることにも検討が必要ですし、仮に懲戒処分を取ることになったとしても選択されるべき処分の内容として、懲戒解雇は不適当でしょう。